2018年
著者:寺尾 萌
所属:首都大学東京

  • 社会文化
  • 食文化・食生活

はじめに

 本研究の目的は、モンゴル国地方部の市街地における乳文化について、家畜所有者による製造、市場での販売、市街地居住者による消費というそれぞれの場に関する人類学的調査から明らかにすることである。
 牧畜という生業に根ざすモンゴルにおいて、「白い食べ物 (tsagaan idee) 」と呼ばれる乳製品は家畜の恵みとしての特別な価値をもって製造、消費されてきた。「白い食べ物」は、「赤い食べ物」である家畜の肉と対となってモンゴルの人びとの食生活の根幹に位置付けられるものである。モンゴルの草原において、牧民(牧畜民)たちによる乳製品の自家製造のプロセスにおいては家畜の恵みに由来する様々な作法が伴い、また儀礼の場で象徴的意味を伴って利用されるなど、草原において、乳や乳製品の製造・利用は生活世界に埋め込まれている。牧民にとって所有し肥育する家畜は、生活を支える経済動物として明確に位置づけられているものであるが、それに対して乳製品は家畜の恵みであるために、乳製品を売買の対象とすることを控えなければならないと考えている牧民もいる。その一方で都市部では、人々は牧畜から離れて暮らし、企業が生産する商品化された乳や乳製品をスーパー等で購入して用いるため、乳や乳製品の製造と利用のあいだの連続性は薄れ、乳をめぐる文化的営みが希薄になっている。
 しかし、自家製の乳製品と、商品化された乳製品を単純に対立させて考えることはできない。その中間に位置付けられる、自家製の余剰分として売りに出されるローカルな乳製品の存在があるためである。これは、都市部や地方部市街地の近郊に暮らす牧民が、現金収入を得るために売りに出すもので、「草原の乳製品」として都市部、市街地で親しまれている。そして、市街地の住民たちは、「草原の乳製品」を入手して自ら二次加工を行い、都市部からの訪問客に土産物として渡すなど、夏の風物詩としての乳製品をめぐるさまざまなやりとりを楽しんでいる。本研究では、こうした市街地の人たちによる乳をめぐるやりとりを「市街地の乳文化」と位置づけた。そして、都市部で販売され、消費される「草原の乳製品」をめぐって、現代のモンゴルにいかなる乳文化が形成されているのかを明らかにするべく、調査をおこなった。
 
※平成30年度「乳の社会文化」学術研究

「あたらしいミルクの研究リポート」のご紹介

この研究をもとに、「あたらしいミルクの研究リポート」を作成しました。
研究リポート紹介ページ (Jミルクのサイトへ)

2020年1月29日