2016年
著者:辻 貴志
所属:佐賀大学大学院農学研究科・特定研究員

  • 社会文化
  • 食文化・食生活

要旨

 本研究では、主にフィリピン・ボホール島のスイギュウ搾乳農家を対象に乳の搾乳と乳利用に関する調査を実施した。近隣のセブ島などではスイギュウの搾乳と乳利用(チーズ加工)は16世紀のスペイン統治期から確認できるが、ボホール島では1993 年に設立されたフィリピン・スイギュウ研究所が中心となり、搾乳農家を組織し、農家の生計を搾乳で向上させようとしている。
 本報告では、スイギュウの搾乳をめぐる搾乳農家の生計活動、スイギュウ乳の身体への影響を知るための血圧・BMI 調査、スイギュウ研究所の役割などについて調査研究を展開した。
 結果、搾乳農家とはスイギュウを所有できるくらいの、ある程度経済的に余裕がある層の人びとであることが判明した。小作農ではスイギュウの搾乳目的の利用は難しい。また、搾乳農家の主要な生業は水田稲作であるが、エルニーニョ現象が続き稲作への被害が続いている。そうした中で、搾乳により得られた乳は、搾乳農家の生計を大きく補助する資源となっていることがわかった。血圧・BMI 調査では統計的に有意な結果は得られなかったが、搾乳農家のBMI が低いことが目立った。このことは、搾乳農家が乳を飲用せず、ひたすら販売に回していることを示唆する。実際に、乳を飲用して健康を得るより、生活を豊かにするために現金収入を得ようとする意識が搾乳農家の間で強い。スイギュウ研究所については、スイギュウ乳のマーケティングと農家の統合などについて情報を得た。スイギュウ研究所は、協働組合を組織し、搾乳農家の生産した乳を買い取るほか、乳製品の生産に従事させることで生計と雇用の安定を図っている。
 以上のように、ボホール島のスイギュウ乳の搾乳は新しいものであり、これからしだいに本格化していくものである。搾乳への期待は高い。現金収入源、エルニーニョ対策として搾乳農家に受け入れられつつある。しかし、一方で搾乳をしても搾乳農家が乳を飲まないユニークな問題点も浮かび上がった。また、小作農がスイギュウの搾乳ビジネスに参入できるかどうかの問題点も指摘できる。これらの問題点については今後の調査でより深く明らかにしていきたい。
 
※平成28年度「乳の社会文化」学術研究

2018年3月13日