2022年
著者:大島 健司
所属:名古屋大学大学院 生命農学研究科

  • 健康科学
  • 分析・その他基礎研究

【要約】

背景と目的:細胞外小胞(extracellular vesicles; EVs)には膜タンパク質、膜脂質のみでなく、産生細胞の細胞質に由来するタンパク質や核酸(mRNA, non-coding RNAなど)が含まれ、細胞間での複雑な情報伝達手段として使用されることが明らかとされつつある。乳中に含まれる大量のEVsは、標的細胞の遺伝子やタンパク質の発現パターンを変化させ、乳児の代謝制御や組織発達、免疫調節に関与すると考えられている。しかしながらEVsによる生理機能発揮の基礎的な作用機序の知見が不十分であり、乳児にどのような作用を与えているか未だに明確になっていない。我々は、乳脂肪球皮膜の主要タンパク質の一つであるmilk fat globule-EGF factor 8(MFG-E8)が、乳EVs表面に結合していることを明らかとしている。MFG-E8はその構造により、細胞間や小胞-細胞間を架橋する認識タンパク質として働くため、標的細胞による乳EVsの認識にも関与していると考えられる。本研究では、乳児消化管で機能する乳EVs上の認識分子としてMFG-E8に焦点を当て解析を行った。

方法:C57BL/6N系統Mfge8遺伝子ヘテロ接合型(hetero)マウスとC57BL/6N系統ホモ接合型Mfge8遺伝子欠損(KO)マウスを交配させ、生まれた仔マウス(heteroまたはKO)を母親マウス(heteroまたはKO)に10日間哺育させた後、仔マウスの近位小腸組織からtotal RNAを抽出し、RNA-seq解析を行った。有意に発現変動が見られた遺伝子について、リアルタイムPCR解析により再現性を調べた。また乳児小腸および胃内容物に含まれるMFG-E8のWestern blot解析を行った。 

結果・考察:乳児胃内と小腸内から未分解MFG-E8が検出され、乳児消化管内で機能性を持ったMFG-E8が存在することが示唆された。RNA-seq解析から、母親マウスの遺伝型(乳中MFG-E8の有無)に依存して23種の遺伝子の発現量が偽陽性率10%以下の確率で変化した。一方、仔マウスの遺伝型に依存して有意に発現変動した遺伝子はMfge8を含め2種のみだった。これは、乳中MFG-E8が乳児消化管の遺伝子発現を制御していることを示唆している。発現変動遺伝子の遺伝子オントロジーエンリッチメント解析の結果、KO母親マウスの仔において薬物代謝関連遺伝子が濃縮して減少していた。リアルタイムPCR解析の結果、発現変動量が比較的大きい遺伝子でRNA-seq解析の再現性が確認された。以上の結果から、乳中MFG-E8は生体異物および毒物の排出を促進し、乳児腸管の恒常性維持に寄与する可能性が考えられる。

2025年6月9日