アイスクリーム(シャイア・ライブラリー) ICE CREAM (Shire Library)
2011年
著者:Ivan Day
所属:食物史研究家
雑誌名・年・巻号頁:Shire Publications、2011年、全64頁
<要約>
本書は64頁という小冊であるにもかかわらず、イギリスにおけるアイスクリーム史を詳細に紐解いた食文化論である。
イギリスにおけるアイスクリームの歴史は17世紀に始まる。その後200年に渡り、上流階級のデザートとしての歴史を刻んできたが、19世紀半ば、イタリア系移民たちの街頭販売により、大衆化へのきっかけが芽生えたとされている。しかしその後の度重なる戦争の影響は、アイスクリームを不要な嗜好品(貴重なミルクや砂糖を確保するためという意味もあり)として排除する流れを生み、食料省によりその製造が禁じられてしまう状況が惹き起こされてしまう。とはいえ、戦後におけるイギリスのアイスクリームビジネスは、急激な伸びを見せている。著者のDay氏によれば、イギリスの国内消費量は年間6億リットル(一人当たり大体10リットル)とされ、WallsやLyonsのようなアイスクリームメーカーも急成長をみせている。色とりどりのドラマを展開させながら、イギリスの国民食としての地位を確立したアイスクリーム。その定番化への過程を、多彩なヴィジュアル資料を基に、鮮やかに描き出したのが本書である。
本書の構成は、アイスクリームの起源の検討に始まり、イギリスにおける初期のアイスクリームの実像を、歴史資料や古料理書に基づき解明を試みている。さらに次章では、ジョージアン王朝風スタイルの分析、レシピや製造器具の概要など、特に諸外国の影響を咀嚼しながら展開してきた18世紀のアイスクリームの諸相を明らかにしている。次にDay氏は、19世紀から20世紀にかけて、イギリスにおけるアイスクリームビジネスの発展に寄与したJames Gunterの功績に触れ、彼の元で職人として雇われていたGiuliagmo Jallinの菓子製造書『イタリアの菓子職人(The Italian Confectioner』(1820)の特徴に言及。本書はアイスクリーム製造に必要な器具を図解した最初の英文菓子製造書とされ、アイスクリームのレシピにも多くのページが割かれている。またJallinの特徴的なレシピが、bomba iceである。クリームと卵黄をふんだんに使うこの冷たいムースは、その形が砲弾(artillery shell)に似ていることから、この名前がついた。またJallinは冬に新鮮なフルーツが使えないことを憂い、イギリスで初めてアイスクリーム製造のためのフルーツの保存法(瓶詰め)も考案している。
さらにDay氏は産業革命の進行に伴い、ヴィクトリア時代の料理書にアングロフレンチスタイルのアイスクリームレシピが増加し、そのほとんどがフランス由来の名称を有していることにもふれている。さらにヴィクトリア女王のお抱えシェフであったCharles Elmé Francatelliの豪華なアイスプディング、アイスクリームマシーンで特許を取得したThomas MastersやWilliam Fullerらの冷凍技術、アイスクリームコーンの発明や家庭用アイスクリームレシピの発案に尽力したAgnes Marshallの偉業など、19世紀を通して改良がすすむアイスクリーム文化の新たな側面についても詳述している。また時同じくして、ロンドンの街角で、労働者階級をターゲットとしたアイスクリーム販売が盛んになる。ヴィクトリア時代に活躍したジャーナリストHenry Meyhewによれば、その嚆矢は1850年のこととされ、販売者のほとんどがイタリアからの移民者たちだという。以後、ホルボーンで開店したスイス=イタリア系移民Carlo Gattyのように、アイスクリームビジネスで大成功をおさめる経営者も少なくなかった。
やがて贅沢品として製造が禁じられた戦時体制下を経、アイスクリームビジネスは、1950年代頃より再復活の兆しを見せる。アイスクリームはもはや工場で大量生産される商品へと変貌し、その種類や形、販売形態、マーケティング全てにおいて多様化した。さらに街中を走るアイスクリーム・バン・ブーム、アイスクリームメーカーの世界展開など、国民食として確立したアイスクリーム像が、本書のまとめとして取り上げられている。
<コメント>
歴史資料の丹念な考察のみならず、多様なヴィジュアル資料を駆使し、各時代のアイスクリームの実像に迫るDay氏の手法は、形に残らない食物の研究において有要なスタイルといえる。なおボリューム的には概説書的なイメージも拭えないため、より詳しくアイスクリーム史を知りたい読者には、稿末に収録されている研究文献リスト、アイスクリーム関連施設情報が大変参考となる。今にもアイスクリームの甘い香りが漂ってきそうな読後感。また一つ、大切にしたい名著が誕生した。(東四柳 祥子)