2013年
著者:平田昌弘
所属:帯広畜産大学地域環境学研究部門植物生産学分野准教授
雑誌名・年・巻号頁:岩波書店, 2013年3月, 全485頁.

  • 社会文化
  • 食文化

<要約>

本書は、ユーラシア大陸各地の乳加工技術と乳利用の実態を、フィールドワーク(現地調査)・文献調査の両面から詳細に調査し、その乳加工体系を明らかにしようとした研究書である。
本書のねらいは大きく分けて、四つあるという。本書が初めにねらいとしているのは、乳文化研究の意義を明らかにし、さらに「搾乳」・「乳利用」によって成立をみせた「生業としての牧畜論」の試論的考察である。そこで筆者は、試論に入る前段階として、家畜の定義、家畜化・搾乳開始時期の歴史的考察、乳加工技術の調査方法論、地域性を形成する「文化伝播・変遷フィルター」(著者命名)の考え方、乳加工要素の新しい提案を示している(第一章 乳文化論と牧畜論)。第二章以降は、地域別の乳文化の特徴分析となっており、西アジア地域(第二章)、南アジア(第三章)、北アジア地域(第四章)、中央アジア地域(第五章)、チベット高原地域(第六章)、ヨーロッパ地域とコーカサス地域(第七章)の各論が展開する。牧畜民別に特有の家畜管理・搾乳・乳加工技術・乳交易の実態を分析し、自然環境・社会環境との関わりあいの下、どのように独自性を保っているかについての比較分析に挑んでいる。また異文化との出会いのなかで、受容か否かの取捨選択の決め手となる「伝播・変遷フィルター」の分析にも着手し、各地域の乳食文化の特徴を決定づけるファクターの究明にも取り組んでいる。そして三つ目のねらいとして、著者はユーラシア大陸全域の乳文化圏の特徴を抽出し、その発達史を時間軸に捉えて考究することを掲げている(第八章)。著者の言葉を借りれば、「ユーラシア大陸において乳加工技術は事実として二極化しており、搾乳と乳加工技術とが西アジアでも先行して一元的に発生して、ユーラシア大陸に広く伝わり、北方と南方とに乳文化の特徴が二極化していったとする〔ユーラシア大陸における乳文化の一元二極化〕仮説を提起することになる」とある。さらに第九章では、本書に紹介された78もの乳加工技術の事例をもとに、乳加工体系の内部構造と民族間比較に堪え得るモデルについて考察する。さらに中尾佐助の提示モデルと比較し、中尾モデルの有効性の検証とそれを補完するモデルの提示を、四つ目のねらいとしている。そして終章において、牧畜文化の根底を形成している乳文化の視座からの牧畜論再考を試みている。

<コメント>

本書は、著者の20年にも及ぶ乳文化調査研究の蓄積の上に成り立っている。現地調査事例は、アジアを中心に28事例(また文献調査に至っては、アフリカ大陸も含め50事例)に及び、「地球上の搾乳・乳加工をおこなう全ての地域を対象にしている」という。乳文化研究の奥行きの深さを改めて実感することが出来る研究書である。そして何より根底に流れる著者の乳文化研究への情熱こそ、本書を比類なき一書に仕立て上げたエッセンスといえよう。著者の言葉を借りるなら、まさに「乳文化研究の面白さと学術的な深み」を味わいたい人に、ぜひ一読をおすすめしたい白眉の大著である。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/alliance/berohe000000lg1w.html

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2015年9月21日