2014年
著者:ハンナ・ヴェルテン著 堤理華訳
所属:
雑誌名・年・巻号頁:原書房.2014:183p ハンナ・ヴェルテン著 堤理華訳

  • 社会文化
  • 食文化

<要約>

 本書は、家庭の定番食品としての地位を確かなものにしたミルクの文化史である。「第1章 最初のミルク」では、動物のミルクを飲むようになったきっかけや古代のミルク搾乳・飲用の歴史に着眼し、古代のミルク料理の実態などにも言及している。例えば、古代バビロニア(紀元前1750年頃)の楔形文字文書には、ミルクや発酵乳を用いた子ヤギのシチューやパイが記されているという。ユダヤ教やインドのアーユルヴェータなどの考えには、肉とミルクを一緒に調理することを禁じる規定もある一方で、モンゴルやチベットの遊牧民、ベドウィン、マサイ族、サーミ人などの牧畜民族は今でも古くからの手法で動物のミルクを加工した食品を頼りにしている。また古代ギリシア・ローマでは、早くから「生のミルク」を口にしており、古代ローマの料理書『アピキウスのローマの料理帖』には生乳を利用したレシピも収録されているという。「第2章 白い妙薬」では、神々の食べ物としてのミルクの意義について、各宗教別に説明している。またミルクが「神々だけでなく、賢者や預言者、聖人の食べ物」でもあった経緯についてふれ、古代インドやアイルランドに伝わる伝説についても説いている。特に「薬としてのミルク」の効能は古くから評価され、子供の健康維持や病気の治療にも使われてきた。古のヨーロッパで人気があったのが、ロバのミルクであり、ロバのミルクによる育児、さらにロバのミルクを用いる美容法なども推奨されたという。1800年代半ばになると、健康を気遣う「ミルク療法」「ヤギの乳療法」「乳酒(クミス)療法」「乳清(ホエイ)療法」などが流行。さらに1900年代に入ると、メチニコフによる乳酸菌の発見で、「ヨーグルト療法」が話題となった。「第3章 白い毒薬」では、17世紀以降のイングランドにおけるミルク消費の高まりに言及しながら、同時に問題視された牛乳の衛生管理の悪さについて事例を挙げながら説明している。さらに利益を上げるために、不純物を添加したミルクの横行実態、牛乳の腐敗は防ぐが、健康に危険を及ぼす防腐剤の開発など、危険なイメージが付きまとうようになったミルクについても語られている。しかし19世紀半ばより欧米で母乳栄養ではなく、「比較的安価な牛乳、乳児用調製粉乳、濃縮ミルクを用いた人工栄養へ移行する動き」が高まりをみせる。当時重宝されたのは濃縮ミルクであり、「大量の糖分によって細菌の繁殖がおさえられるだけでなく、脂肪分が増えて口あたりがよくなった」ことが定着につながるきっかけとなったと結んでいる。やがて19世紀後半には、缶入りの濃縮ミルクにかわり、長期保存可能な粉ミルクが開発され、リービッヒ、ネスレといった食品会社が鎬を削った。「第4章 ミルク問題を解説する」「第5章 現代のミルク」では、ミルクにまつわる問題の解決法の変遷が語られる。低温殺菌乳の誕生、細菌研究の進歩、生産管理体制の見直しなど、危険視されたミルクのイメージも徐々に薄れ、20世紀以降になると、子供だけではなく、若い女性もターゲットとした広告キャンペーンが展開。第二次世界大戦以降には、「牛乳を飲むとぐっすり眠れます、肌がつやつや(ミルク色)になります、筋肉がつきます、老後も元気に過ごせます、強い子供に育ちます」などをスローガンに、欧米でのミルクの飲用キャンペーンが本格化。さらにここ40年間の東洋での消費量の増加、そしてミルクの未来への問題提起で締めくくっている。

<コメント>

 多彩な写真や図版を用いながら、ミルクと人間の関わりを丁寧に描いた良書。学生のテキストとしての利用も期待できるだろう。

書籍ページURL https://www.j-milk.jp/report/paper/alliance/berohe000000j5tk.html

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2015年9月21日