2015年
著者:南石 晃明(著・編集)1、長命 洋佑(著)2、宋 敏(著)3
所属:1 九州大学大学院農学研究院・教授、2 九州大学大学院農学研究院・助教、3 中国農業科学院農業資源与農業区画研究所・主任研究員・教授
発行・年・巻号頁:花書院、2015年、全129頁

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<書評>

 本書は、九州大学東アジア環境研究機構フードリスク研究グループが、中国における農業・環境リスクと安全確保についての研究成果をまとめた研究書である。
 総ページ129ページとコンパクトではあるが、中国の食品安全に関する研究がまとめられており、アクセスできる情報や先行研究が限られる中国外の研究者にとっては資料的価値が高い。とくに、酪農・乳に関連する研究に約50ページが割かれている点は注目に値する。
 本書の大半は、中国各地におけるフィールドワークを中心にした実践的な研究成果であり、中国農業学院、中国農業大学、中国人民大学、上海海洋大学、武漢工業大学らとの共同研究が基盤となっている。この点は、九州大学東アジア環境研究機構ならではであろう。
 例えば、第2章では、北京市や上海市など中国東部に位置する市および省における農家と消費者を対象に、2011年に実施された意識調査の結果が報告される。農産物や食品を供給するフードチェーンにおけるリスク認識に関する調査である。続く第3章では、食品安全やGAP、HACCP、牛乳の安全性に関する消費者の意識と行動に焦点が当てられる。9割の消費者が食品安全に不安を抱いている一方で、牛乳の安全性については7割の消費者が不安を抱いていないこと等が示される。2008年のメラミン事件以降、食品安全法の施行をはじめ、中国政府が行ってきた衛生管理規制の強化により、消費者の信頼が回復していると筆者らは指摘している。
 他にも、第4章では、内モンゴルを対象に、メラミン事件における酪農生産システムの問題点と、大手乳業メーカーである伊利集団の生産体制についての分析が報告される。第5章は、武漢市で流通する生野菜および食肉の大腸菌o157汚染状況調査である。
こうしたフィールドワークを必要とする研究は、現地の研究組織や研究者らとの共同研究という枠組みがなければ、なかなか実施できない。本書に収められたそれぞれの研究成果は、特定の地域、企業を対象とした調査、研究の成果であり、広大で多様な中国の状況や企業を取り巻く環境を念頭に置けば、一概に一般化はできないであろう。また、分野や手法も消費者行動や企業調査、微生物検査等多岐にわたり、環境やリスク、食品安全を論じる際に、学際的な取り組みが求められることや、成果を取りまとめる上での難しさを改めて認識させられる。しかし、最近の中国を知る上で、現場に立脚した、極めて貴重な成果、知見、情報が提供されており、今後の中国における環境、リスクおよび食品安全分野の研究の基盤となることは間違いないだろう。中国を対象に調査、研究をする研究者や、当該地域もしくは近隣地域で事業を進める実務家にとって参考となる一冊である。(小川美香子)
 
 
 

2018年10月17日