『リスクと共存する社会 - 食の安全の視点から - 』
2017年
著者:渡辺 悦生1、大熊 廣一2
所属:所属:1 東京海洋大学・名誉教授、2 東洋大学食環境科学部・教授
発行・年・巻号頁:養賢堂、2017年、全109頁
<書評>
<書評>
本書では、過去に生じた食品安全問題や環境汚染問題について、ハザード(危害要因)およびそれらの化学構造や生成等について詳細な記述がなされている。応用生物化学や水産学、食品工学といった著者らの専門分野をこれから学ぼうとする学生が、食の安全や、社会としてリスクをどうとらえるべきかを学ぶにあたって、最初の教科書となるような文献である。
ただし、本書には、一部ではあるが、若干古い情報に則って記述されている箇所や、読者の誤解を生じると推察される記述(評者の見解による)、誤植があるので、読者はそうした点を注意する必要があると思われる。ここでは、評者が気になった記述について、酪農・乳に関することと、食品表示法に関することについて、2点だけ指摘しておきたい。
まず、細菌性食中毒についての節で、雪印乳業食中毒事件に触れた箇所がある(p.17〜18)。本書の記述では、食中毒の原因となった低脂肪乳を生産した大阪工場に、食中毒を引き起こした全ての要因があったように読めなくもない。しかし、実際は、大阪工場で低脂肪乳を生産する際に使用された脱脂粉乳が、エンテロトキシンAに汚染されていたことが知られている。エンテロトキシンAとは、黄色ブドウ球菌が産生する毒素である。当該の脱脂粉乳は雪印乳業の北海道大樹工場で生産された。大樹工場における停電が、生産途中でのライン停止を招き、ラインに滞留した乳のなかで黄色ブドウ球菌が爆発的に増殖し毒素を産生したのである。したがって、大阪工場にける生産ラインのバルブの洗浄不良は、衛生管理上は問題であるが、当時の食中毒の直接的な要因ではないとされている。雪印乳業食中毒事件については、厚生労働省と大阪府がまとめた詳細な報告書があるので、興味のある方はそちらも参照されると良いだろう。
2点目は、79ページからの食品衛生法、JAS法、健康増進法に関して概説した箇所である。本書ではそれぞれの法律に食品の表示についての規定があるように記述されているが、これら三法の食品表示に関する規定は、抽出、整理、統合されたうえで、新たな規定も加えられ、2015年4月1日から食品表示法として施行されている。本書の発行年からすると、執筆された年代は、おそらく、新たな食品表示制度の制定に向けて議論がなされていた時期であり、そのため旧制度の解説となったのだろうと推察される。酪農・乳に関する記述ではないが、我が国の食品表示制度に関わる根幹なので、読者は留意された方が良いだろう。
食品安全の分野は、技術的にも学術的にも、あるいは社会的な認識でも、現在進行形で変化している分野である。本書は2017年発行であり、リスクや食品安全に関する最新の動向を踏まえていることを期待されるかもしれない。しかし、本書で扱われている事件や問題は20世紀半ばのものある。その点では、本書は、過去を踏まえつつ、日進月歩で進む技術と、そうした技術によりもたらされる新たにリスクと対峙する我々が、現在どうあるべきか、将来どうすべきかを考えるためのよい教材であるといえよう。(小川美香子)