牛乳・乳製品をあらわすことばの変遷 - 明治時代から平成時代の新聞広告を題材に -
2017年
著者:福留 奈美
所属:東京聖栄大学
要旨
我々の飲食物の摂取行動は対象に対する好悪という感情に基づく。その源には、幼い頃に摂取した過去の体験の記憶、すなわち自伝的記憶が関与している。この自伝的記憶はゆがみやすく、たとえば、幼い頃に実際には経験していない出来事(たとえば、「幼い頃に迷子になったこと」など)でも、それを比較的簡単に虚記憶として取りこんでしまう性質のあることが明らかにされている。近年、欧米では、体験していない虚記憶が、我々の飲食物の摂取行動に影響を与えることに注目が集まっている。たとえば、アスパラガスを好まない大学生に、(実際には起こっていない出来事である)「幼い頃はアスパラガスが好きだった」という偽りのフィードバック情報を与えて虚記憶を取りこませると、アスパラガスに対し好意的感情を抱くように変化し、実際の摂取傾向も高くなることが明らかにされている。本研究では、このような食品の虚記憶の実験手法を乳製品に初めて適用することで、乳製品のイメージ、好悪感情などに変化が見られるかどうかを検討した。
第1 段階では、のべ371 名の参加者に対して、牛乳、チーズ、アスパラガスに関して、子どもの頃に起きた印象的な出来事を記憶特性質問紙(MCQ)により回答を求め、あわせて、これらの3 種類の食品に関する現在のイメージをSD 法により回答を求めた。第2 段階では、これらの参加者のうち、協力を得られた84 名を牛乳群36 名、チーズ群22 名、アスパラガス群26 名に分けて、いずれかの食品を「幼い頃に好んでいた」という偽りのフィードバック情報を与え、第1 段階と同様の質問紙調査を行って、好悪感情の記憶の変化を調べた。
第1 段階で行った記憶特性質問紙(MCQ)のデータは因子分析により、記憶の「食品特徴(手ざわり、匂いなど)」「(記憶の)鮮明」「(肯定的)感情」の3 因子に分かれ、牛乳に関する記憶の鮮明さは高いものの、その記憶にともなう感情は(他の2 つの食品と比べて)否定的感情であることが明らかとなった。また、SD 法による各食品の現在のイメージのデータも因子分析により、「負の評価」「活動」「力量」の3 因子に分かれた。チーズが他よりも最も肯定的な評価を得ると同時に活動的であると評価され、牛乳は力量的なイメージが最も大きいが活動的なイメージは最も小さいと評価され、アスパラガスは肯定的な評価も力量のイメージも最も低いことが明らかとなった。第2 段階の実験的研究では、「幼い頃に好んでいた」という偽りのフィードバック情報に接することにより、従来の研究と同様、否定的感情をともなっていた牛乳の記憶はプラス方向に変化したことが明らかとなった。興味深いことは、先行研究とは異なり、アスパラガスの感情の記憶はむしろマイナス方向に変化していたことであった。
これらの結果から、第1 に、食品に対する好悪感情は固定したものではなく、変容する可能性が大きいこと、また、第2 に、その好悪感情のもとには、摂取した際の自伝的記憶が密接に関連していること、が示唆される。したがって、乳製品をはじめとした特定の食品に対する好き嫌いをなくすためには、摂取時の体験を温かく豊かで楽しいものになるように工夫することが考えられるべきであろう。
※平成29年度「乳の社会文化」学術研究