2014年
著者:小澤 壯行
所属:日本獣医生命科学大学

  • 社会文化
  • 酪農経済・経営

要旨

酪農家による体験活動の取り組みは、都市近郊酪農経営において、周辺住民の理解を得るために実施されたことが発端とされている。しかし昨今では、地域活性化促進や食育などの教育的機能を期待して、酪農教育ファームの意義や展開に関する研究がなされているが、その収益構造や経営効果の研究蓄積は少なく、さらに究明する必要がある。加えて酪農教育ファームの体験者数は83 万人(2012 年)に上ると報告されていることから、これを新たな収益部門として経営に取り込む事例も散見されている。そこで本研究では、酪農教育ファームを運営する酪農家における「経営者意識」に焦点をあて、その経営理念や料金徴収・集客に対する意識を明らかにするとともに、先行事例の収益構造を分析することにより、経営多角化への方策を提示することとした。
調査手法として、(一社)中央酪農会議の認証を受け、地域交流牧場全国連絡会に加盟している全ての農場250 戸を対象にアンケート調査を実施した。また、消費者ニーズに即した酪農教育ファームのあり方を究明するため、2014 年度日本獣医生命科学大学学園祭において、来場した「夫婦」を対象に消費者意識に関するアンケート調査を実施した。
さらに先進事例調査として、静岡県西富士開拓地域の酪農教育ファームに取り組む酪農経営体4 戸、および富士あさぎり農業体験組合事務局(以下、事務局とする)に対し、聞き取り調査を行った。また、各経営体の収益性は、2012 年の青色申告データ等を用いて分析した。
調査結果として、まずアンケートでは51%の有効回答率(n=127)を得ることができた。この回答を酪農教育ファームに典型的に見られる4つの運営形態に類型化をおこなった。その結果、①ボランティア型が51%、②経営多角化型が31%、③観光牧場型が13%、④支援活動型が5%であった。また、ボランティア型のうち、56%が有料化を望むと回答した。
有料化に至らない理由として、「体験活動は社会貢献・支援」と考えている人が最も多く、次いで「無料体験活動が日常化し今更料金を徴収できない」という回答であった。経営多角化型のなかで、体験部門の収益性が高いと感じている農家は24%、低いと感じているものが50%、どちらでもないと回答したものは26%であった。収益性が高いと感じている階層では、事務局や旅行代理店を通じて集客する傾向がみられた。一方、収益性が低いと感じている階層は、酪農家が直接または居住する市町村からの斡旋・紹介によるものが多かった。これらのことから、集客・精算業務を担う事務局の存在により、作業の効率化が図られ収益性が図られているものと思慮される。
また体験料金の徴収において、「体験作業の質が保証できないので原価のみを請求している」。「体験料金を値上げしげたいのだが、作業の質向上に費やす労働力がない」、「近隣の酪農体験を実施している農家にボランティア型が多いので、自分だけ料金の徴収が難しい」等の意見があった。
さらにボランティア型から経営多角化型へ移行した理由として、「来客者数が増えすぎたため」、「防疫対策を厳しくするため」等が挙げられた。これらの結果から、酪農教育ファームにおける収益追求の概念が未だ定着していないことが示唆される。本学学園祭のアンケート調査では146 有効回答を得た。「酪農教育ファームを知っている」と回答した者は全体の12%、「子供に体験させたい」と回答した者が96%で、一般消費者の食農教育に対する意識は高いものの、酪農教育ファームの認知度は低く、酪農体験が可能な農場の存在を広く一般消費者に啓発することが集客数増加に繋がると思われる。また、酪農体験料金の許容額では「無料であるべき」と回答した者が11%と低いことから、料金徴収を是とする考え及び体験部門ビジネス化の可能性があることを示している。
静岡県西富士開拓地域における先進的な事例の概要は、家族労働力を基幹とする小・中規模の経営体が主となっている。体験活動の収益性については、体験活動所得が農業収入額に占める割合が9.4%と高く、酪農教育ファームの経済的有利性が顕著に認められた。また、2012 年の体験者受入人数は平均3,557 人であり、観光型牧場を含めた1認証牧場あたりの全国平均2,896 人を大きく上回っている。これらを支える体験活動システムとして、体験交流事業を受託している事務局が、集客から精算までの業務を統括している。酪農教育ファームに係る、全ての事務作業をこの事務局が行っていることから、各経営体は体験活動に専念することができるため、効率化が図られている。
新たな教育的役割として定着しつつある酪農教育ファームは、その機能を維持しながらも、確固とした経営部門の一部として確立させなければならない。静岡県西富士開拓地域における事例は、今後の酪農教育ファームが歩むべきの経営モデルとなり、経営改善の得策となり得る。昨今の厳しい酪農情勢において、酪農教育ファームはボランティア型から経営多角化型へ方向転換し、体験活動を収益部門の一部に位置づけるべきである。
※平成26年度「乳の社会文化」学術研究

2016年4月15日