2009年
著者:谷史人
所属:京都大学大学院農学研究科

  • 健康科学
  • 免疫調節・がん

要約

本研究では、生体防御物質である熱ショックタンパク質(Heat shock protein:Hsp)の生体調節機能を牛乳によって向上させることを目的に、乳をアジュバント的な媒体として利用することでHspの機能を高めることを目指した。
Hspは、元来、すべての生物がもっており細胞内でのタンパク質の構造形成にかかわる分子シャペロンとして知られてきたが、近年、Hspを粘膜免疫することによって免疫恒常性を制御する鍵細胞である制御性T細胞(Regulatory T cells:Treg)の産生を誘導できることや、その結果、関節炎や動脈硬化などの疾病の悪化を防ぐ抗炎症反応を誘導できることが報告されている。一方、微量のアレルゲンが母乳に含まれることで、母マウスから哺乳された仔マウスでは同種のアレルゲンに対する喘息が軽減するという報告から、微量成分の生体調節機能を有効に引き出すという乳に潜在するアジュバント的な媒体としての可能性が期待できる。そこで、離乳期から幼少期という生体の生理機構を成立させる極めて重要な時期を対象に、潜在的な乳のアジュバント機能を活かし、Hspによる粘膜機能の制御能を向上させることを目標に実験を行い以下の成果を得た。
第一章では、Hspはすべての生物に共通して存在するがゆえに、食餌や腸内細菌由来のHspが粘膜免疫に作用することが考えられる。まず、消化管内での内容物として、Hspがタンパク質性抗原として存在し、機能し得るかについて検討した。その結果、マウスの腸管内容物には、Hsp60そのものであるか、またはその断片が存在することを明らかにした。また、検出された腸管内容物中のHsp60様反応物は腸内細菌に由来することを示唆した。
第二章では、消化管内のHsp様抗原の情報が腸間膜リンパ節においてどのように処理され、その後のリンパ球応答を引き起こすのかについて解析した。その結果、マウスの生体内には、自己成分であるHsp60に対するリンパ球が存在すること、この自己応答性のTリンパ球はHsp60抗原刺激によってサイトカインIFN-γやIL-10を産生することを見出した。また、腸間膜リンパ節の細胞をHsp-60抗原の存在下にて刺激すると、CD4陽性のTリンパ球に占めるFoxp3+の細胞の割合が増加することを明らかにした。この結果は、Hsp60に反応性を示す自己応答性T細胞は末梢組織において生存し、IL-10などの抗炎症性サイトカインの産生を通して、粘膜免疫系を制御し得るTregなどの機能調節にかかわる可能性を示唆した。
第三章では、離乳後の幼少期という生体の生理機構を形成させる重要な時期に、乳を担体として、Hspを経口投与することによってその免疫調節機能を高めることが可能か否かについて調べた。その結果、マウスにHsp60を牛乳とともに経口投与することによって制御性サイトカインと言われるIL-10の産生が増強されることを明らかにした。牛乳は何らかのメカニズムによってHspの生体防御機能を高める可能性を見出し、アジュバント的な媒体として作用し得ることを示唆した。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/commission/9fgd1p000001mnub.html

2015年9月18日