2009年
著者:桑原厚和
所属:静岡県立大学環境科学研究所

  • 健康科学
  • 消化吸収・栄養代謝・乳糖不耐

はじめに(研究概要)

乳糖不耐症は、小腸におけるラクターゼ活性が低いために、摂取した乳糖が分解されずに大腸に入り大腸内容物の浸透圧上昇がもたらされることによって発症する、と考えるのが一般的である。しかし最近では、乳糖そのものによる浸透圧上昇ではなく、大腸の腸内細菌による乳糖の発酵により産生される有機酸によって腸管粘膜が刺激されることが原因と考えられるようになってきた。このことは、我々日本人を含む東洋人のラクターゼ活性不全が 70~100% に達するにもかかわらず、乳糖不耐症の発症率は極軽微な症状まで含めても 2 割程度にとどまる理由であるかもしれない。すなわち、ほとんどの乳糖不耐症は乳糖そのものによる大腸内浸透圧上昇が原因となるのではなく、大腸における未消化乳糖の発酵により有機酸の大量産生が発生し、なおかつ大腸粘膜の有機酸刺激に対する過敏症が存在した場合に発症する可能性があるのではないか、と我々は考えた。我々はこれまでの研究によって、大腸の発酵作用によって産生される主要な有機酸である短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)の刺激により惹起される大腸の生理反射(蠕動・分泌反射)について、生理学的研究を行ってきた(Ono et al. 2004; Mitsui et al. 2005a, b; Karaki et al. 2008b)。そして、2003年に同定された短鎖脂肪酸受容体 FFA2 (GPR43)および FFA3 (GPR41)(Brown et al. 2003; Le Poul et al. 2003; Nilsson et al. 2003)、さらに、短鎖脂肪酸をナトリウムとの共輸送によって細胞内に取り込む輸送体 SMCT1 (slc5a8)(Miyauchi S, 2004)の腸管における発現・分布について、ヒトおよびラットの腸管組織を用いた免疫染色によって明らかにしてきた(Takebe et al. 2005; Karaki et al. 2006, 2008a, b; Iwanaga et al. 2006; Tazoe et al. 2009)。大腸において発酵を受け、短鎖脂肪酸を産生させる食物繊維をラットに与えることによって、結腸の生理機能に変化が現れることも報告してきた(Mitsui et al. 2006)。そこで、本受託研究においては、これまで我々が蓄積してきた短鎖脂肪酸の大腸における生理作用と短鎖脂肪酸受容体の発現分布に基づき、ラットを用いて、乳糖摂取により、これらの大腸粘膜における短鎖脂肪酸の受容と輸送に関連する分子の発現分布がどのように変化するか、調べることにした。しかし、受容体、輸送体の発現動態を調べる基礎として、それら受容体、輸送体のより精密な発現分布が必要であったが、そのようなデータは存在していない。そこで、まずはラットにおける短鎖脂肪酸受容体の発現・分布の詳細を検討することから研究をはじめ、その後、実際にラットの食餌に乳糖を添加して一週間の飼育を行い、ラットを解剖して標本を作製して解析を行った(実験方法参照)。さらに、モデル動物の結果をヒトに外挿するために、ヒトの手術検体を用いて、腸管各部位における短鎖脂肪酸受容体の発現・分布の解析も行った。その後、ラクトースを添加した食餌をラットに与え、飼育した後に解剖し、盲腸内容物中の有機酸濃度測定、糞便量測定を行い、データを得たので報告する。同時に、タンパク質/RNA抽出用のサンプルを取り、形態観察のために組織を固定したので、今後、解析を行っていきたいと考えている。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/commission/9fgd1p000001mnub.html

2015年9月18日