2008年
著者:齋藤忠夫
所属:東北大学大学院農学研究科

  • 健康科学
  • 生活習慣病予防

はじめに

我が国の高血圧患者は約3,000万人と推定され、日本人の4人に1人、さらに50歳以上では2人に1人が高血圧とされる。2003年のアメリカ高血圧合同委員会の報告(JNC7)では,正常血圧を120mmHg(収縮期血圧、SBP)/80mmHg(拡張期血圧,DBP)未満,高血圧前症が120-13 mmHgSBP/80-89 mmHgDBPと設定され,より早期の高血圧治療の重要性が指摘されている。一般的に、食事や運動療法でも高血圧症状が改善されない場合に辻,患者には薬物療法が開始される。医療の臨床現場で使用される降圧剤には,中枢性交感神経遮断薬(β受容体遮断薬)、末梢性交感神経遮断薬(α受容体遮断薬)、血管平滑筋拡張薬(Ca措抗薬)、利尿薬およびレニン・アンジオテンシン系抑制薬(ACE阻害薬,アンジオテンシン2受容体拮抗薬)などが投与され治療に使用されている。
ほ乳動物の血圧の恒常性は、アンジオテンシンI変換酵素(ACE)を中心として保たれており、昇圧系であるレニン・アンジオテンシン系と降圧系であるキニン・カリクレイン系のバランスの上に成り立っており、その機構の概要を図1に示した。本研究の対象となるレニン・アンジオテンシン系抑制薬は,摂取後に肺などに局在するレニン・アンジオテンシン系の重要な酵素(アンジオテンシンI変換酵素:ACE、EC3.4.15.1)を阻害するために、血管収縮作用により強い血圧上昇作用を示す「アンジオテンシン2」の生成が抑えられことで降圧作用を示す。現在広く市販され投薬されているアンジオテンシン2の産生を阻害する「ACE阻害薬」は優れた降圧作用を発揮するが、キニン類が貯留して特有の「空咳」などの副作用が1-33%の患者で認められることが知られている。近年では,ACE以外にもアンジオテンシン2を産生する副経路の存在が明らかになったため,アンジオテンシン2受容体を直接的に阻害し,かつ副作用の少ない「アンジオテンシン2受容体措抗薬」(ARB)が開発され,広く患者に投与され始めている。しかし、今後副作用が発見される可能性も否定できない。
一方、食品科学分野では,食品の三次機能の研究の一環として,乳タンパク質のプロテアーゼ分解ペプチドの示すACE阻害活性や、近年では動物実験での確認を経て血圧降下作用(降圧活性)が研究されている。これらのペプチドは機能性ペプチドまたは生理活性ペプチドと称されている。乳タンパク質であるカゼインやホエイタンパク質のタンパク質分解反応により生じる各種ペプチドでは、様々な血圧を調節する作用を示すペプチド類の存校が知られている。著者も、これまで乳タンパク質から多数の血圧降下性ペプチドを単離し,その構識や機能を報告しており(Murakami et al.,J.Dairy Sci.,87,1967-1974,2004,S aito et al., J.Dairy Sci.,83,1434-14140,2000,Abubaka et.,J.Dairy Science,81,3131-3138,1998)、乳タンパク質が潜在的に多くの生理活性ペプチドを生成する機能性の高い機能性タンパク質であることを証明している。
本研究では,近年の医学分野で注目されているアンジオテンシン2が結合して昇圧作用に直接関与する受容体(以下AT1受容体)に対する阻害活性の測定方法を食品分野に初めて導入確立し,とくに乳タンパク質より「アンジオテンシン2受容体桔抗ペプチド」の存在仮説を証明し,新しい作用機作を示す機能性乳製品などの開発ための基礎研究を行うことを目的とするものである。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/commission/9fgd1p000001ahym.html

2015年9月18日