1999年
著者:金丸義敬
所属:岐阜大学農学部生物資源利用学科

  • 健康科学
  • 免疫調節・がん

研究の背景

 牛乳は、市乳や加工乳、及び種々の乳飲料の製造に不可欠である一方、チーズやバター、ヨーグルトをはじめとする畜産食品ばかりでなく、製パンや製菓など多方面の食品製造にも利用されている最も重要な畜産資源の一つである。牛乳に含まれるタンパク質成分もまた、それらの乳化性、起泡性、ゲル形成などの物理約機能を中心とする食品加工上の有用性に基づいて多方面に利用されている。同時に、そのような食品加工上の牛乳タンパク質の利用性についての研究がこれまで数多く行われてきた結果、数々の利点が明らかにされ、牛乳の需要の広がりに役立ってきている。しかしながら、乳牛の泌乳量が極めて高いレベルを維持することが出来るようになっている一方で、わが国の牛乳の消費はあまり拡大されていないのか現状である。これは、米や大豆、あるいは魚介類を中心とするわが国の食文化の伝統から、動物性食品材料としての牛乳を食生活の中心に据えるようなかたちで消費拡大を図ることが困難であるという理由による。このようなわが国の食生活上の特徴を考慮しながら、なおかつ牛乳の需要を拡大するための方策のーつとしては、カゼインのみならず、乳清タンパク質などの分離可能な牛乳タンパク質について、食品加工とは異なる新しい視点からの有用性を明らかにすることで、牛乳の価値をより一層明確にしていくことであろう。そのような牛乳の消費拡大を目指すための新しい視点として大きな可能性を秘めているのは、近年注目されるようになっている食品の生体調節機能における牛乳タンパク質の有用性である。すなわち、乳における本来の生理機能に立脚した生体調節機能に基づく機能性食品素材としての牛乳の有用性を明らかにすることであり、すでに多数の研究がこのような視点から精力的に行われ、いくつかの牛乳タンパク質の整理機能が評価されている。しかしながら、これまでに見出された生理機能の多くは実際に体内で発揮されるかどうかという最も重要な点で疑問視されるものが多く、機能性食品素材としての牛乳の再評価につながったものは多くない。
ところで、これまでほとんど知られていない牛乳タンパク質に高分子量ムチン様糖タンパク質(ミルクムチン)がある。ミルクムチンは、乳に含まれるムチン型糖鎖を結合した巨大な糖タンパク質会合体であり、歴史的な人乳で早くからその存在が知られ、これまでPEM、NPGP、episialin、HMGP等のさまざまな名称で呼ばれてきたものである。人乳ムチンは乳ガン関連抗原構造を発現するから、主として医学分野の研究者達から注目され、乳腺細胞やがん化に伴うミルクムチンの抗原構造の変化を明らかにしようとする研究や、乳がん検診のためのがん特異的モノクローナル抗体の作製を目的とする多数の研究が行われてきている。一方で、この人乳ムチンは病原ウイルスや細菌の増殖を協力に阻害する作用を持つことや、動物細胞の増殖を制御する機能を持つことも報告されている多様性糖タンパク質であり、母乳の固有な体防御機能と密接に関連していることが指摘されている。われわれは、この人乳ムチンと類似の性質を示す成分が牛乳中にも存在していることを初めて明らかにし、また、病以微生物作用や抗がん作用などの生体防御機能の面でも類似した多機能約な性質を示すことを明らかにしつつある。そのような多機能性の生体防御作用を持つタンパク質としてはよく知られているラクトフェリン(Lf)があるが、牛乳ムチンは結合糖鎖を介して種々の生理機能を発揮すると考えられる点で、Lfとはまったく異なる新しい可能性を持つ牛乳タンパク質であると云える。このような牛乳ムチンが示す潜在的な生理機能の有用性を明らかにすることは、牛乳の利用鉱大につながる重要な研究議題の一つであると考えた。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/commission/9fgd1p0000021ecz.html

2015年9月18日