1995年
著者:福岡秀興
所属:東京大学医学部母子保健学教室

  • 健康科学
  • 各ライフステージ

はじめに

妊娠産褥の骨代謝はなお不明な点が多い。古くより妊娠することにより母体の骨量は減少するといわれるが果たしてそれが事実であるか否か、妊娠産褥を通じた、骨代謝回転の分析とその直接的なメディエーターとして機能するサイトカインの発現の分析を行って検討した。現在日本の出産数の減少傾向を考えるとき、もし妊娠分娩が母体の骨量を減少させるものであれば、それは母体の保護や超高齢化社会の出現の見地よりゆゆしき問題である。逆に母体の骨量を増加させるものであれば、それを明確にすべき緊急性があると考える。
エストロゲンは女性骨代謝の中心物質で、骨量を増加させ骨を保護する。妊娠中の母体では、エストロゲンが非妊持の100-200倍(1.7-3.4ng/ml)にまで達しているので、古くより当然骨は保獲されていると考えられてきた。それに対し、産褥授乳期間には胎盤の娩出に伴い、急激なエストロゲンレベルの低下が起こる。それに続いて授乳による高プロラクチン血症が生じて、間脳下垂体の抑制及び卵巣の機能的な抑制によりエストロゲンレベルの更なる低下が持続する。すなわち閉経期にも似た低エストロゲン状態か持続するのである。さらに母乳中へ大量のCaが移行することが加わり、骨量の減少することが考えられる。即ち妊娠中は高エストロゲン血症・産褥は低エストロゲン血症となるので、それぞれ骨は保護されている状態から、骨量減少の状態へと変化していくと考えられていた。
妊娠中の骨量をみた報告には、変化しない、骨量減少があるというようになお一定の見解はみられていない。また、産褥期での骨量については非授乳群および6カ月未満の短期授乳群では減少しないが、6ヵ月以上の授乳をした場合、骨量が減少すると言われている。
最近では、妊娠中には骨量が減少するのではないかとする報告が散見される。即ち健康な女性で妊娠前と分娩直後4-5日にDEXA法による詳細に骨量の変化を分析したDrinkwaterは、妊娠中に腰椎で平均3.5%にも達するほどに減少することをみた。更に頻発するマイナートラブルと思われている妊娠中の腰痛を訴えた群では、分娩直後の分析で同じく腰椎骨密度の減少(平均3.5%)が生じていることが明らかとなった。
翻って、産褥の骨量変化は授乳の有無により大きく変わる。多くの報告では、産褥6カ月以内に授乳を中止した群では骨量の減少が少ない、または減少しないのに対し、それ以上の授乳群に骨量の減少が起こるとの報告が多い。Chair-Frommel症候群にみるごとく長期授乳は低エストロゲン血症の持続によりそれは理解出来る。しかしもし3-4カ月間の短期授乳であってもその間は低エストロゲン状態が持統するので、GnRHによる子宮内膜症の治療にみるごとく骨量は減少するべきであると考えられるが、多くの報告は骨量の減少はないとしている。これは、エストロゲンレベルの産褥における推移からも矛盾していると言うべきである。
以上より妊娠中及び産褥では、非妊事にみるエストロゲンと骨代謝では理解できない特異な骨代謝動態にあることが想定される。そこで妊娠中及び産褥の骨代謝回転を骨代謝マーカーの経時的な変化を巡って解析することを目的として分析を進めた。
骨代謝はエストロゲンに強く支配されており、低エストロゲン状態では、末梢血単球、骨髄間質細胞や骨芽細胞からのIL-1、TNF,IL-6などの骨吸収惹起サイトカインの産生が亢進して骨吸収優位の骨代謝回転となる。即ちサイトカインの動態は骨代謝回転を知上で重要である。エストロゲンが減少すると骨髄間質細胞又は末梢血単球から骨吸収を促進するサイトカインが分泌され、骨吸収が起こる。このサイトカイン分泌動態も重ねて分析した。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/commission/9fgd1p0000022ll2.html 

2015年9月18日