1995年
著者:樋口満
所属:国立健康・栄養研究所

  • 健康科学
  • 各ライフステージ

はじめに

女性は男性に比べて平均寿命が長いが、それは性そのものと、飲酒・喫煙など生活習慣を含めた成人病(生活習慣病)のリスクが低いためと考えられてきた。しかし、近年、女性の社会進出が著しく、男性と同様な勤労形態をとる女性が急増してきている。とくに、勤続年数が長く、管理職・専門職に就いている中高年女性は食生活のアンバランス、運動不足、そしてストレスなど成人病発症の危険性が高くなる可続性がある。
これまでの中高年女性の健康に関する研究は、ほとんどが家庭の主婦を対象として行われてきたため、そのようなライフスタイルの差異による影響が結果の解釈を困難としてきた。
高血圧症や骨粗鬆症など中高年者の疾病の発症原因は、遺伝的素因とともに、食事と運動習慣の影響を受けることが多くの断面研究によって示唆されている。我々はこれまで中高年女然の脂質代謝、骨代謝に及ぼす食生活と運動習慣の影響について断面研究を行ってきた。その結果、中高年女性は同年齢層の男性に比べて血中のコレステロールが著しく高く、LDLコレステロールが低いことを明らかにした。しかし、閉経後はHDLコレステロールは高い水準に保持されるのに対して、LDL-コレステロールは次第に増加し、男性の水準に近づいていくことを示した。さらに、日常規則的なランニングを行っている閉経後の中高年女性のLDLコレステロールレベルは、運動習慣のない一般中高年女性に比べて低いことから、有酸素運動のLDLコレステロール上昇抑制効果が示唆された。
一方、スイミングを日常規則的に行っている中高年男性ではHDLコレステロールの上昇とLDLコレステロールの低下など脂質代謝改善の効果が確認されたが、女性スイマーではその効巣は明らかでなかった。その理由として、先に述べた女伐の生理的特製に加えて、中高年女性スイマーのトレー二ングの強度、頻度、そして期間が男性スイマーほど十分でなかったことが考えられる。
このように、中高年者が行うスイミングは有酸素運動であり、ウォーキングやランニングのような健康増進・成人病予防効果が期待できるにもかかわらず、中高年女性ではその効果が明らかになっていない。
また、閉経後の中高年女性では、加齢とともに骨密度が急速に低下することが知られている。各種スポーツを愛好しているや中高年女性を対象とした断面研究の結果は、テニス、バレーボール、バドミントンなど重力のかかる運動が骨密度を高めることを示唆していたが、ランニング、ウォーキング、スイミングなどの有酸素運動を行っている中高年女性の骨密度は、一般女性と比べて顕著な差がみられていない。
とくに、スイミングはその運動特性から骨密度の増加、ないしは加齢による低下防止には有効ではないと考えられているが、その見解を確認したフォローアップスタディは現在のところない。
ところで、スイミングは広く中高年者のあいだで愛好されているスポーツであるが、それは長期間にわたって運動習慣がなく肥満傾向のある中高年女性にとっては、足腰への負坦が軽く、ストレスの解消にも役立つ運動として受け入れられているためと考えられる。しかし、ウォーキング、ジョギングはとくに身体に障害がなく、自立した生活を送っている中高年者ならだれにでもできる運動であるのに対して、スイミングは泳ぐ技術を身につけていない人々にとっては、非常にとっつきにくい運動であるという側面ももっている。そのため、スイミングの未経験者や初心者に対して、懇切丁寧な指導ができる能力の高い指導者の存在が欠かせない。
本研究ブロジェクトは、オリンピック競泳でのメダリストを指導チーフとする有能な指導者グループと、健康増進・成人病予防に対する理解を有する勤労中高年女燃の被験者集団、さらに健康増進に関する運動生理学・スポーツ医学を専門とする研究者とその補助者のチームが三位一体となって遂行されている点が特徴である。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/commission/9fgd1p0000022ll2.html 

2015年9月18日