岩手医科大学衛生学公衆衛生学講座の丹野高三特任教授は、岩手県北地域コホート研究グループ(研究事務局:同講座)が実施した岩手県北地域コホート研究(*1)の10年間の追跡データを用いて、牛乳摂取頻度と脳卒中発症リスクとの関連を解析し、牛乳摂取による脳卒中予防効果を明らかにしました。本研究成果は、2021年10月25日に国際科学雑誌『Nutrients』に掲載されました(Nutrients 2021, 13(11), 3781; https://doi.org/10.3390/nu13113781)。
本研究は、一般社団法人Jミルクと、健康科学・社会文化・食育の各分野の研究者らでつくる「乳の学術連合」の研究助成を受けて実施されました。

【ポイント】

  • 岩手県北地域コホート研究にご参加いただいた14,111名について、牛乳の摂取頻度と脳卒中発症リスクとの関連を、10年間の追跡データを用いて解析しました。
  • 脳梗塞発症リスクについて、女性では牛乳摂取頻度が週にコップ2杯未満のグループに比べて、週7杯以上12杯未満(1日1杯程度)のグループで47%低下することを明らかにしました。
  • 日本人女性において、1日コップ1杯程度の牛乳摂取には脳梗塞予防効果がある可能性を示しました。

【研究の背景】

 牛乳・乳製品は洋食の主要な構成要素であり、欧米人の牛乳摂取による健康への影響については数多く報告されています。一方、日本人の牛乳摂取習慣は、第二次世界大戦後、学校給食への導入を機に全国に広まった比較的新しい食習慣ですが、現在でもなお、日本人成人の牛乳摂取量は欧米人と比べて、とても少ない状況です。また、日本人と欧米人の疾患構造を見ると、欧米人では心筋梗塞リスクが高いのに比べて、 日本人では脳卒中リスクが高いことが知られています。
 これまで日本人を対象とした研究において、脳卒中が原因で死亡するリスクに牛乳摂取が及ぼす影響については報告されていますが、脳卒中発症に及ぼす影響については報告されていません。そこで、牛乳の摂取量が少なく、脳卒中の発症が多い日本人集団において、牛乳摂取と脳卒中発症リスクとの関連を明らかにするために、岩手県北地域コホート研究の10年間の追跡データを用いて解析しました。

【研究の成果】

 本研究では、岩手県北地域コホート研究に参加された 14,111名に食物摂取頻度調査法(*2)を用いて、コップ1杯の牛乳を飲む頻度を回答していただきました。回答結果に基づいて、研究参加者を「週2杯未満」「週2杯以上7杯未満」「週7杯以上12杯未満」および「週12杯以上」の4グループに分けました。脳卒中発症は、岩手県地域脳卒中登録事業(*3)のデータと研究参加者のデータを照合することで確認しました。
 牛乳摂取頻度と脳卒中発症リスクとの関連を明らかにするために、牛乳摂取頻度が週2杯未満のグループにおける脳卒中発症リスクを1とした場合の、週2杯以上7杯未満、週7杯以上12杯未満、および、週12杯以上の各グループの脳卒中発症リスクを計算しました。
 脳梗塞発症リスクについて、女性では牛乳摂取頻度が週2杯未満のグループに比べ て、週7杯以上12杯未満のグループで47%のリスク低下が見られました。一方、男性では統計学的に有意なリスクの減少は見られませんでした(図1)。

【なぜ、牛乳摂取が脳卒中の発症リスクを低下させるのか?】

 牛乳摂取が脳梗塞発症リスクを低下させる理由として以下のことが考えられます。

① 牛乳を飲む人の健康的な生活習慣・食習慣による影響
本研究においても、牛乳を飲む人では牛乳を飲まない人(週2杯未満)に比べて、タバコを吸う人や大量飲酒する人が少なく、習慣的に運動している人、魚・大豆タンパクや野菜・果実を多く摂る人が多い傾向が見られました。喫煙や大量飲酒は脳卒中の危険因子であり、運動習慣、魚・大豆タンパクや野菜・果実摂取は脳卒中の予防因子です。牛乳を1日1杯飲む人の健康的な生活習慣・食習慣が脳卒中発症リスク低下に影響した可能性が考えられます。

② 牛乳に多く含まれる栄養素による降圧作用等の影響
牛乳に多く含まれるミネラル(カリウム、カルシウム、マグネシウム)は血圧を下げる効果があることが知られています。本研究に参加された方も、牛乳を飲む人では牛乳を飲まない人(週2杯未満)に比べて、血圧が低い傾向が見られました。高血圧は脳卒中の最大の危険因子です。牛乳に含まれるミネラルによって血圧上昇が抑制され、脳卒中の発症リスクが低下した可能性が考えられます。

 一方、男性で明確な関連が見られませんでした。これは男性では女性に比べて、脳卒中の危険因子(喫煙や大量飲酒)を持っている人が多かったため、牛乳摂取による脳卒中発症への影響を見いだしにくかった可能性があります。男性の牛乳摂取と脳卒中発症リスクとの関連を明らかにするためには、さらなる研究が必要と考えられます。
 本研究の限界として、本研究で用いた食物摂取頻度調査票では牛乳摂取量を定量的に見積もることができなかったことが挙げられます。牛乳の至適摂取量を明らかにするためにはさらなる研究が必要ですが、コップ1杯は通常150~200mlであるので、それを目安と考えるのがよいと思います。

【まとめと展望】

 日本は、欧米に比べて牛乳摂取量がいまだに少なく、また欧米とは疾病構造が異なります。欧米人を対象とした牛乳摂取と脳卒中発症リスクに関するエビデンスが、日本人にそのまま当てはまるかどうかは明らかでありません。
 本研究の結果から、日本人女性では牛乳を週7杯以上12杯未満(1日当たり1杯程度)飲むことに、脳梗塞の発症予防効果がある可能性を示しました。一方、牛乳の至適摂取量や男性における牛乳摂取と脳卒中発症との関連についてはさらなる研究が必要です。
【用語解説】
*1 岩手県北地域コホート研究
コホート研究とは、特定の人の集団(コホート)を長期に追跡し、病気の原因や危険因子を明らかにする研究のことです。岩手県北地域コホート研究は、脳卒中や心疾患、要介護状態の危険因子を明らかにすることを目的とし、岩手県の二戸、久慈、宮古地域で市町村が実施した集団健診を受診した方のうち、本研究への参加に書面にて同意された方を対象として、平成14(2002)年から現在まで継続実施されているコホート研究です。

*2 食物摂取頻度調査法
食物摂取頻度調査法とは、普段の食事状況や栄養摂取状況を把握することを目的として一定数の食品の摂取頻度を回答していただく調査法のことです。本研究では、58項目の食品の摂取頻度をアンケート形式で回答していただくBDHQ(簡易型自記式食事歴法質問票:brief-type self-administered diet history questionnaire)を用いました。

*3 岩手県地域脳卒中登録事業
脳卒中とは、脳内の血管が詰まったり(脳梗塞)、破けたり(脳出血、クモ膜下出血)して起こってくる病気の総称です。岩手県地域脳卒中登録事業は、岩手県が同県医師会に委託し、平成3(1991)年より開始された事業です。県内の医療機関で診断された脳卒中について、医療機関が「脳卒中患者登録票」により県医師会に提出して収集しています。本研究では、同事業の規程にのっとり、同事業のデータベースを利用して研究参加者の脳卒中発症状況を確認しました。

【論文題目】

English Title:Association between Milk Intake and Incident Stroke among Japanese Community Dwellers: The Iwate-KENCO Study
日本語タイトル:日本人地域住民における牛乳摂取と脳卒中発症との関連:岩手県北地域コホート研究
著者:Kozo Tanno, Yuki Yonekura, Nagako Okuda, Toru Kuribayashi, En Yabe, Megumi Tsubota-Utsugi, Shinichi Omama, Toshiyuki Onoda, Masaki Ohsawa, Kuniaki Ogasawara, Fumitaka Tanaka, Koichi Asahi, Ryo Itabashi, Shigeki Ito, Yasushi Ishigaki, Fumiaki Takahashi, Makoto Koshiyama, Ryohei Sasaki, Daisuke Fujimaki, Nobuyuki Takanashi, Eri Takusari, Kiyomi Sakata and Akira Okayama

2021年12月8日