1998年
著者:菅野道廣
所属:熊本県立大学生活科学部

  • 健康科学
  • 免疫調節・がん

緒言

共役型リノール酸(conjugated linoleic acid、以下CLAと略称する)はリノール酸の位置および幾何異性体の総称で、数種の異性体からなっている。この脂肪駿は、反芻動物の反芻胃内微生物によって飼料中のリノール酸からつくられるので、それら動物の体脂肪、乳脂肪中に少量成分ながら常在している。その他、単胃動物でも腸内細菌によっても生成する可能性が指摘されており、また畜産食品の加熱に際して、あるいはリノール酸の過酸化に際しでも生成する。
CLAの生理機能に関する研究は、加熱した肉類中の発癌物質検索の過程で抗変異原活性をもつ成分として見いだされたことに端を発している。そしてCLAは乳癌をはじめとするいくつかの癌に対し優れた抗癌作用を示すことが確かめられてきている。その活性は、同様な抗癌作用を示すn-3系多価不勉和脂肪酸に比べ少なくとも10倍以上に及ぶと見なされている。作用機構はまだ十分には解明されていないが、発癒抑制に対してCLAを必ずしも継続して摂取する必要はないことも知られてきている。
CLAにはこの他、動脈硬化抑制、肥満防止、飼料効率の向上などの多彩な機能が報告されている。これらの作用についてもメカニズムは明らかではないが、このような多様な機能性の背景にエイコサノイド産生への影響が関与していることは十分推測される。われわれは、食餌中のn-6系多価不飽和脂肪酸の発癌促進作用の一因と考えられているプロスタグランジンE2(PGE2)の組織濃度が、CLAの摂取によって低下することを観察し、CLAがリノール駿からアラキドン酸、そしてエイコサノイドに至る代謝系に影響する可能性を指摘した。これに加え、CLAそれ自身が不飽和化、長鎖化を受け、まだ証明されてはいないがエイコサノイドの基質となり得ることも考えられた。
このような仮説が証明されれば、摂取する多価不飽和脂肪酸の種類に依存している多くの疾病に対し、CLAがきわめて有用な効果を発現することが期待される。そこで、そのような疾病の一つで近年わが国でも増加の一途をたどっている食物アレルギーに焦点を当て本研究を行った。食物アレルギーの臨床症状は、アレルゲン特異的なイムノグロブリンE(IgE)が引き金となるヒスタミンやロイコトリエン、プロスタグランジンなどのケミカルメデイエーターの産生によって引き起こされる。
われわれは先に、ラットにおいてCLAが典型的なケミカルメディエーターの一つであるPGE2の血清濃度を低下させることを観察した。このことに関連し、BeluryとKempa-SteczkoはCLAが摂取量に依存して肝臓リン脂質中のリノール酸の割合を減少させることを認め、肝外組織でのアラキドン酸からのエイコサノイドの産生にCLAが影響するのではないかと示唆している。またWongらは、CLAがリンパ細胞の増殖などを介して、ある種の免疫防御機構に影響する可能性を報告している。
このような研究は、われわれの報告を除いてわが国ではまったく行われていない。そこで、本研究においては、脂質栄養学と食物アレルギー学の専門家の協同態勢を構築し、食物アレルギーに関わる免疫機能への影響を検討することにした。そのため、まず、細胞レベルでのCLAの効果を調べ、それと平行して動物個体レベルでの実験を実施した。さらに、動物実験では食餌構成によるCLA効果の増強を目途した実験にも着手した。これらの研究は、きわめて斬新かつ画期的なものであり、共役リノール酸は飽和脂肪の典型として忌避されがちな反努動物の脂肪中に含まれる神様が授けた特別の脂肪酸として、その機能性に期待できる知見をもたらすものである。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/commission/9fgd1p0000021epa.html

2015年9月18日