帯広畜産大学教授 浦島匡先生(日本酪農科学会会長)より、2021年9月に米国Cell Press 社が発行する科学誌Cell Reports に掲載された論文[The gut microbiota induces Peyer's-patch-dependent secretion of maternal IgA into milk]のご紹介をいただきました。

2021年

著者:宇佐美克紀、ほか
所属:東北大学大学院農学研究科、ほか
雑誌名・年・巻号頁:Cell Reports 2021 Sep 7;36(10):109655.
https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(21)01098-6

The gut microbiota induces Peyer's-patch-dependent secretion of maternal IgA into milk 【腸内微生物が母体から母乳へのIgA抗体分泌を促す】

母乳に含まれる免疫グロブリンAの由来

 自ら抗体を作り出す能力が備わっていない乳児にとっては、母親の生産する抗体を受け取ることによって病原体(細菌、ウィルス)からの感染を逃れることができる。母親から乳児への抗体の移行は、ヒトの場合は臍帯を通して胎盤からの移行と母乳から受け取る2つの経路があるが、ウシの場合乳子はもっぱら母乳からそれを受け取る。乳に含まれる免疫グロブリン(抗体)はヒト、ウシともに初乳で豊富であるが、ウシの場合には乳に含まれる4種類の免疫グロブリン(IgA, IgE, IgG, IgM。IgDは含まれない)のうち、IgGが優先的であるが、ヒトの場合にはIgAが優先的である。
 ウシ乳のIgGは乳腺に近くに移行した形質細胞(リンパ球B細胞から分化する)による局所免疫によって生産されるが、IgMは血液から乳腺細胞を通過して乳に分泌される。一方、IgAがどこで生産されるか不明であったが、最近東北大学大学院農学研究科の野地教授や北澤教授のグループによって、マウスを使用して明らかにされた (The gut microbiota induces Peyer’s-patch-dependent secretion of maternal IgA into milk. K. Usami et al., Cell Reports 36, 109655, 2021)。
 パイエル板を欠損させた泌乳中のマウスでは、乳腺におけるIgA生産形質細胞数も乳IgAレベルも正常マウスと比べて有意に低いが、そのような免疫欠損マウスに正常マウスから単離したリンパ球BおよびT細胞を移植すると、乳腺へのIgA生産形質細胞の蓄積は観察された。妊娠および泌乳時期のマウスに抗生物質(アムピシリン、ネオマイシン、バンコマイシン)を投与してから、母乳におけるIgAレベルを測定したところ、そのIgAレベルと乳腺IgA生産形質細胞数はバンコマイシン処理マウスで減少していた。便の中の細菌フローラにおいてParabacteroides goldsteinii, Bacteroides acidifaciens, およびP. buccalis数は減少していた。そのようなマウスに健康なマウスの便を移植すると、腸内フローラにおいてB. acidifaciensP. buccalis数が上昇するとともに母乳のIgAレベルと乳腺でのIgA生産形質細胞数は上昇した。泌乳中のパイエル板をもつマウスとそれを欠損したマウスを抗生物質処理した後に、B. acidifaciensまたP. buccaliを経口投与すると、抗生物質処理によって低下した乳腺IgA生産形質細胞数と乳IgAレベルはパイエル板をもつマウスにおいて上昇したが、乳IgAはパイエル板欠損マウスでは検出されなかった。一方、パイエル板をもつマウスに抗生物質処理後、P. goldsteiniiを経口投与しても乳腺におけるIgA生産形質細胞数と乳IgAレベルの上昇は観察されなかった。
 これらの観察結果は泌乳時期に、小腸におけるリンパ組織の構成要素の一つである、パイエル板におけるリンパ球B細胞が腸内細菌B. acidifaciensP. buccalisへの免疫応答の後、形質細胞に分化してから乳腺細胞付近に運搬され、IgAを分泌することで乳にIgAが含まれることを示している。もちろんマウスとヒトでは腸内細菌叢が異なるので、ヒトでは別の腸内細菌が免疫刺激をしている可能性もあるが、乳IgAの産生に関わるメカニズムを明らかにした重要な研究である。

 

2021年12月24日