テーマ:現代人の栄養健康課題に関する乳の最新知見とその意義

2017年6月3日に都内で開催した「平成29年度 乳の学術連合 学術フォーラム」の講演、パネルディスカッションのサマリーです

報告書を掲載しました

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平成29年度 乳の学術連合・学術フォーラム報告書(Jミルクのサイトへ)

【講演1】牛乳と循環器疾患予防に関する最新情報

岡山 明 氏(生活習慣病予防研究センター代表)

脳卒中予防に有効な“高カリウム食品”牛乳
 
 日本人の循環器疾患(脳卒中、虚血性心疾患、心不全その他)の特徴は、脳卒中の割合が高く、虚血性心疾患は世界的に見て非常に少ないこと。したがって脳卒中をいかに防ぐかが、予防においては最も重要な課題になる。 
 近年の疫学研究の結果から、牛乳乳製品の摂取と循環器疾患(およびそのリスク)との関連性をまとめると、牛乳は高血圧、糖尿病、脳卒中に対して予防的に働き、脂質異常や虚血性心疾患に対しても予防的またはニュートラルであることが明らかになっている。 
 牛乳の栄養素のなかでも特に注目したいのがカリウムである。日本食の問題点は塩分が多いことだと言われるが、それ以上に重要なのは、ナトリウム(食塩)摂取量に対してカリウムが少ないこと。カリウムの豊富な牛乳乳製品を積極的に摂ることで、「ナトカリ比」=ナトリウムとカリウムの比を改善することが、循環器疾患の予防につながることがわかってきた。 
 私たちは、「ナトカリ比」の改善策として、食品中の食塩の一部をカリウムに置き換えた「ナト・カリ食品」の普及を進めている。単純な減塩食とは違って味がほとんど変わらないため、給食や弁当などの減塩に適している。 
 こうした新しい食品の開発・普及と牛乳乳製品を組み合わせることで、減塩戦略の実効性をさらに高めることができる。循環器疾患予防の効果を成人男性や高齢者に訴求することは、牛乳乳製品の消費拡大という点でも有効なアプローチではないかと考える。
 
 
生活習慣病予防研究センター代表 岡山明 氏

【講演2】 超高齢社会における牛乳乳製品の役割 久山町研究における食生活と認知症予防

清原 裕 氏(公益社団法人久山生活習慣病研究所代表理事)

牛乳を取り入れた食生活で認知症予防へ

 私たちの研究グループでは、福岡県久山町で1961年から長期の疫学調査を行っており、認知症についても85年以降7年間隔で発症頻度を調べている。久山町での認知症有病率は90年代後半から急増し、2012年には17.9%となっている。特にアルツハイマー病の増加が目立つ。
 これまでの調査結果から、認知症は遺伝要因と環境要因によって発症する生活習慣病であることがわかってきた。危険因子となるのは、糖尿病(特に食後高血糖)、喫煙習慣、高血圧である。例えば糖尿病の人では、正常な人と比較してアルツハイマー病の発症率が2.1倍に高まる。
 逆に防御因子となるのが、適切な食習慣と定期的な運動習慣だ。生活習慣病は、危険因子を軽減し防御因子を伸ばすことで予防できる。国家的課題となりつつある認知症対策のひとつとして、日本人に合った食事パターンを確立する必要がある。
 久山町住民の食事パターンから認知症予防に有効な食品を分析すると、「多めの食品」は牛乳乳製品、大豆・大豆製品、野菜、海藻類などがあり、「少なめの食品」はお米とお酒となる。主食のご飯の量を少し減らし、その分を機能的な食品に回すことでバランスを取りたい。
 牛乳乳製品に関しては、特にアルツハイマー病の予防効果が大きいことが、久山町での調査データからも明らかになっている。牛乳には高齢期の健康維持に役立つ栄養素が豊富に含まれており、認知症だけでなく低栄養やロコモの予防という観点でも毎日の摂取を勧めたい。

 
公益社団法人久山生活習慣病研究所代表理事 清原 裕 氏

【講演3】 世界的な食料・栄養問題に対する酪農乳業の役割について 国際連合「持続可能な開発目標(SDGs)#2」 飢餓対策ならびに栄養安全保障へ

鈴木 良紀(一般社団法人Jミルク広報グループ次長)

酪農乳業の国際連携で世界的課題の改善へ
 
 国連は2015年、人口増加や食料不足、生活習慣病の増加といった世界的な課題に対応するため、「持続可能な開発目標」を定めた。17の開発目標のうち、酪農乳業や食品業界と深く関わるのは、目標2:「飢餓をゼロに」(飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する)である。
 より詳細なターゲットとして、2-1(2030年までに飢餓を撲滅し、すべての人々が安全かつ栄養のある食料を十分得られるようにする)、2-2(2030年までにあらゆる形態の栄養失調を撲滅し、若年女子、妊婦、授乳および高齢者の栄養ニーズへの対処を行う)がある。
 こうした目標の達成を目指し、国際的な酪農組織も動き始めた。このうち、Jミルクも参加しているグローバル・デアリー・プラットフォーム(GDP)では、酪農乳業が世界の食料生産や栄養安全保障、経済において果たしている役割や、牛乳乳製品の健康価値を整理しながら、今後の活動の方向性を検討している。
 「開発目標」に関する国際会議も定期開催しており、今年3月には日本の戦後の栄養政策や現代の健康栄養問題について報告する機会があった。海外の出席者からは、学校給食制度と管理栄養士を軸とする日本の栄養政策は、新興国への支援においても参考になるといった声が寄せられた。
 Jミルクでは今後も、GDPなどへの参画を通じて各国の酪農団体との連携を深め、世界の酪農乳業の最新動向を国内にいち早く届けていきたいと考えている。
 
 
一般社団法人Jミルク広報グループ次長  鈴木 良紀

【パネルディスカッション】

現代人の健康栄養課題を踏まえた、新たな乳の栄養価値の視点

座長:中村 丁次 氏(神奈川県立保健福祉大学学長)、パネリスト:桑田 有 氏(人間総合科学大学院教授)、講演者3名


神奈川県立保健福祉大学学長 中村 丁次 氏


人間総合科学大学院教授 桑田 有 氏

病気の予防につながる情報発信が重要

中村:栄養問題の二重負荷をはじめとする現代社会の健康栄養問題に対して、牛乳乳製品はどのような役割を果たしていけるのか。まずは先生方から現状の問題点を指摘していただきたい。
 
岡山:循環器疾患の研究では、発症につながるさまざまなリスクが明らかになってきている。しかし、具体的な予防策の確立、定着には至っていないのが現状だ。
 
清原:エビデンスは蓄積されてきたが、一般の国民への普及が不十分だと感じている。病気の理解から予防へと前進するためには、エビデンスの普及策を開発する必要がある。循環器疾患に関しては現状でもエビデンスが豊富なので、ここで成功例をつくることができれば、認知症など他の病気にも応用できる。
 
桑田:予防の実践という点では、国民のリテラシー向上も必要。適切な食の選択ができる力を幼少期から根付かせていくことが、生涯にわたる健康な食生活の基本になる。

中村:久山町での疫学研究は50年以上におよぶ。その間、地域住民の食環境も大きく変化しているはずだが、特に牛乳乳製品の摂取に関してはどうか。
 
清原:1960年代と比較すると、近年の久山町の高齢者は牛乳を積極的に飲んでいる。牛乳の健康効果や栄養価の高さを学習して、自らの食生活に取り入れてきた結果だろう。
日本人はさまざまな情報を収集し、ライフスタイルに反映させてきた。かつて日本人に多かった脳卒中が減ったのは、背景に大きな行動変容があったからだ。その点でも、情報を発信し続けることは重要だと思う。ミルクに関する情報はまだ少ないので、Jミルクを中心にがんばってほしい。
 

牛乳乳製品を加えて日本食を健康食に

中村:日本人の栄養健康問題に牛乳乳製品が果たす役割を考える手がかりとして、現代日本人の食生活の良い点と課題点を挙げていただきたい。

岡山:現在の日本人の食事は、塩分とカリウムのバランス以外は、米国で生活習慣病予防の理想食とされる「DASH食」に近い。私たちは、日本人が食べている高塩分食品の食塩の一部をカリウムに置き換えることで、味を維持しながら健康的な食をつくることができると考えている。

清原:私も現代の日本食は健康的で、海外で認知症予防に効果的とされている地中海式食生活に匹敵するものと思っている。塩分過多という欠点を改良し、牛乳乳製品を加えることで、さらに優れた食になる。牛乳を和食に使う方法もあるが、1食を洋食にして、牛乳をそのまま摂ってもいい。

桑田:食事内容の個人差が大きくなっていることは課題だ。低所得層ではカロリー摂取が優先され、栄養バランスが崩れやすい。幼少期からの食育で適切な食を選択できる力を身につけ、全体を底上げしていく必要がある。

鈴木:日本と海外の食事を比べると、日本食はバラエティ豊かで、おいしさを求めることが特徴だと感じる。洋風の料理や食材を日本風にアレンジすることにも長けていて、牛乳の調理法もよく知っている。国民全般の食への関心や意識の高さも特徴的だ。

最新のエビデンスをわかりやすく伝える

中村:牛乳乳製品の今後の普及策についての提言は。
 
鈴木:酪農乳業が日本人にとって身近なもので、環境面や経済面でも大きな役割を果たしていることを、広く知ってもらうことが必要。酪農家の皆さんもそうした情報発信を求めていると思う。
 
桑田:提供側としては、牛乳が飲める場を増やす取り組みが必要だろう。また、日本食の主食に牛乳を取り入れるための工夫も求められる。
 
清原:単品で認知症予防効果が見られる食品は、現在のところ牛乳乳製品だけ。高齢者の認知症予防への関心は高いので、エビデンスをわかりやすく発信し、牛乳の良さを伝える啓発活動が重要になる。

岡山:低コストで行える従業員の健康対策として、企業の給食や弁当に牛乳を普及させることはできないか。また、疫学研究のエビデンスを特定保健指導の場で活用してもらうことも大切。指導に役立つパンフレットの提供など、現場の取り組みを支援していく必要がある。
 
中村:牛乳乳製品に関する最新の知見やエビデンスを、消費者にどうわかりやすく伝えていくかという課題が見えてきた。サイエンスの成果を「社会実装」するための研究が、欧米に比べて日本は手薄だった。私たち研究者もこの解題としっかり向き合っていかなければならないと思う。


パネルディスカッション
 

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2017年7月18日