2009年
著者:中瀬信三
所属:財団法人日本乳業技術協会
雑誌名・年・巻号頁:酪農乳業史研究2号、2009年8月

  • 社会文化
  • 歴史

<要約>

 本稿は、明治維新より戦時統制期までの政策を概観し、以下をまとめている。
政府は、維新当初、士族授産と勧農政策の一環として西欧式大牧場の建設を模索したが、1881年という早い段階で挫折した。しかし、明治の元勲をはじめ富豪・豪農の多くが、全国各地自ら牧場のオーナーとなり、また東京においても搾乳業を始めた。これは彼らに、畜産は新しい日本を象徴する先進国的型農業の重要な一部門であるという認識があったためで、畜産に対するこうした好意的な認識が1930年昭和恐慌後の有畜農業の奨励策、終戦直後の復興政策などその後の政府政策にも通底している。
戦前日本の酪農乳業生産は、戦後に比べれば無視できるほど少なかったが、乳製品消費の中では煉乳の生産消費のみは明治初年ごろから突出して高かった。当初煉乳市場は輸入品に席巻されていたものの、国産品生産を質量ともに改善した結果、第一次世界大戦を期として1916年には国内生産量が輸入量を凌駕することができた。煉乳業者は、砂糖戻し税、関税引上げと所得税減税を勝ち取り、製造業振興と国際競争力涵養に務めた。大正末から煉乳輸出が企図され、昭和10年代には大手乳業各社が満洲、中国、東南アジア各地へと活発に進出した。
一方、搾乳業はまず東京など大都市内で始められ、飲用需要の増大にともなって近隣諸県の酪農家も大都市へと出荷するようになっていった。だが、昭和初期の牛乳営業取締細則制定と牛乳営業規則改正によって、設備投資資金に乏しい大都市内の搾乳業者は打撃を受け、大手乳業資本が飲用牛乳市場へ進出することとなった。

<コメント>

 本研究は4点のグラフ及び2点の史料を示しつつ明治維新より戦時統制期までの政策を解明した。グラフによって酪農乳業の全国的趨勢を総覧できるのは有り難く、同じ筆者の「酪農・乳業政策展開の軌跡」(『酪農乳業史研究』創刊号、2008年10月)を併読すれば、明治以降現在までの酪農乳業全体を見渡すことができるだろう。 書籍ページURL

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2015年9月21日