2011年
著者:Deborah Valenze
所属:Professor of history at Barnard College
雑誌名・年・巻号頁:Yale University Press, 2011年, 全351頁.

  • 社会文化
  • 食文化

<要約>

 本書は、ヒンズー教の天地創造神話「乳海撹拌」に始まり、20世紀のミルク産業の展開に至るまでの壮大なミルクのドラマを紐解く研究書である。「第一部 ミルクの文化(THE CULTURE OF MILK)」、「第二部 供給されるミルク(FEEDING MILK)」、「第三部 産業・科学・医療(INDUSTRY, SCIENCE, AND MEDICINE)」、「第四部 現代のミルク(MILK AS MODERN)」の4部構成となっており、ドラマの舞台もアジア、ヨーロッパ、アメリカと広範囲に渡る。
著者も詳述しているように、ミルクの歴史は、古代の石壁画や銅像、絵画にみえる伝説や言い伝えに、その起源を求めることができる。本書においても、ミルクとバターが登場するヒンズー教の乳海撹拌神話、エジプト神話のイシス(雌牛の女神)の授乳偶像、ヤコポ・ティントレットの絵画「天の川の起源」(1575年頃)などの歴史的逸話が展開する。しかし著者は、中世になってもなおミルクは未だ身近な食品とはいえず(主にヨーロッパ)、「高潔な白い液体(Virtuous white liquid)」というイメージであったと指摘する。例えば17世紀に描かれたアロンソ・カーノ作「聖母による聖ベルナルドゥスへの授乳」は、まさにその象徴ともいえる。さらにルネッサンス期になると、その薬効について注目する動きがみられるようになり、イタリアのプラティーナやマルティノらの料理書の中にも乳製品を使ったレシピが増加。またミルクや乳製品が、うつ病の緩和に効果があると説くフィチーノのような学者も登場している。そして近世になり、ミルク、乳製品は徐々に庶民の生活の中にも浸透し始め、チーズの種類などにも幅がみられるようになる。一方で18世紀のイギリスでは、トマス・トライオンやジョージ・チェーンらによる菜食主義運動が開始され、肉に代わるものとして、ミルクの摂取が好ましいと主張されるようになる。あわせて著者は乳製品摂取量の増加がみられるようになってからの家畜の歴史にも言及し、やがて産業として発達をみせるミルクビジネスの系譜を説く。また著者は、母乳による育児、牛や山羊の乳による育児それぞれの諸相やミルクの位置づけ、さらには20世紀になり危険視されるようになるミルク像にまで論を展開。そして最終章では、rBGH(遺伝子組み換え牛成長ホルモン)などといった昨今のミルクの安全の諸問題についてもふれている。

<コメント>

本書は、5000年にも及ぶミルクの社会史である。多彩な図版や記録、時には料理書を紐解きながら、ミルクが辿ってきた系譜を丹念に紐解いている。各方面でもレビューに取り上げられており、ミルクの歴史を紐解く研究書としては、近年まれにみる大著といえる。乳製品の歴史を志す研究者の一読に値する好著としても推薦したい。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/alliance/berohe000000lg1w.html

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2015年9月21日