2018年
著者:上野山 賀久
所属:名古屋大学・大学院生命農学研究科

  • 社会文化
  • 文化人類

要旨

 カンボジアにおける熱帯酪農の確立を目的として、カンボジアにおける酪農の現状と普及に向けた課題を発掘するためにふたつの調査を実施した。具体的には、プノンペン特別市近郊の小規模酪農家における在来コブ牛とホルスタイン種との交雑乳用牛の飼育・飼養の環境ならびに乳生産量の調査と、2015年よりカンボジア内でいち早く凍結精液を用いた人工授精が普及しているポーサット州において、在来コブ牛の繁殖成績に関する調査を実施した。
 プノンペン特別市近郊の小規模酪農家において、カンボジア在来コブ牛とホルスタイン種の交雑乳用牛は野草地で放牧され、濃厚飼料は与えられていなかった。日中も野外で飼育されており、乳量は1日5リットル程度であった。一方、名古屋大学アジアサテライトキャンパス内の実験牧場(プノンペン郊外の王立農業大学内に位置する)で飼養する交雑乳用牛は、暑熱ストレスをさけるために庇のある牛舎で飼育され、栄養価の高い牧草や濃厚飼料を給餌されており、乳量は1日5から10リットルとわずかに高かった。よって、一般の小規模酪農家においても、庇のある牛舎での飼育や、栄養価の高い牧草や濃厚飼料を給餌するなど飼養条件の改善により、カンボジアにおける交雑乳用牛の乳量増加が見込めることが示唆された。
 ポーサット州において、2016年1月から2017年12月までの2年間に実施された人工授精の記録を調査した。人工授精には、肉用牛の改良を目的として主に、ブラーマン種—アメリカで作出されたコブ牛由来の肉用牛—、インドブラジル種—ブラジルで作出された肉用牛—などの肉用のコブ牛由来品種の凍結精液が用いられており、ホルスタイン種の凍結精液を用いた人工授精はごくわずかであった。人工授精の実施頭数および産仔の得た割合に季節変化があることを見いだしたことから、ポーサット州の気温および降水量データを取得した。その結果、比較的気温が低く降水量の少ない11月〜2月に最も多く人工授精が行われていたことを明らかにした。一方、気温が最も高く、降水量も少ない3月から6月に人工授精を実施した在来コブ牛の頭数は減少し、比較的気温が低く降水量の多い7月から10月にはさらに人工授精を実施した在来コブ牛の頭数は減少した。これらの結果は、熱帯・亜熱帯のカンボジアにおいても、気温および湿度が比較的低い季節に、より多くのウシが発情兆候—乗駕行動の許容や外陰部からの粘液流出—を示したことを示唆する。興味深いことに、季節の影響は人工授精の後に産仔が得られた割合にも現れており、比較的気温が低く降水量の少ない11月〜2月に人工授精した在来コブ牛から産仔が得られた割合が、他の季節に人工授精した在来コブ牛から産仔が得られた割合よりも有意に高かった。季節は放牧に利用される野草地の植生にも影響しており、高温多湿な環境による暑熱ストレスと乾期の酷暑による野草地の減少—それにともなう在来コブ牛の栄養状態の低下—により、在来コブ牛の繁殖成績に季節性が現れることが示唆された。
 これらの結果は、カンボジアにおける酪農の普及には、飼育環境の整備と給餌の改善などの課題があり、これらを実践するための酪農教育の充実が必要不可欠であることを示唆する。また、交雑乳用牛の母牛となる在来コブ牛の繁殖成績には、明瞭な季節性があり、比較的気温が低く降水量の少ない11月〜2月に人工授精を実施することで、より高い確率で産仔が得られることが明らかとなった。気温が最も高く、降水量も少ない3月から6月、比較的気温が低いが、降水量の多い7月から10月における飼育環境の整備と給餌の改善が重要と考えられる。
※平成30年度「乳の社会文化」学術研究

2021年1月6日