2010年
著者:谷史人
所属:京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻

  • 健康科学
  • 免疫調節・がん

要約

本研究では、生体防御物質である熱ショックタンパク質(Heat shock protein:Hsp)の生体調節機能を牛乳によって向上させることを目的に、乳をアジュバント的な媒体として利用することでHspの機能を高めることを目指した。
Hspは、元来、すべての生物がもっており細胞内でのタンパク質の構造形成にかかわる分子シャペロンとして知られてきたが、近年、Hspを粘膜免疫することによって免疫恒常性を制御する鍵細胞である制御性T細胞(RegulatoryTcells:Treg)の産生を誘導できることや、その結果、関節炎や動脈硬化などの疾病の悪化を防ぐ抗炎症反応を誘導できることが報告されている。一方、微量のアレルゲンが母乳に含まれることで、母マウスから哺乳された仔マウスでは同種のアレルゲンに対する喘息が軽減するという報告から、微量成分の生体調節機能を有効に引き出すという乳に潜在するアジュバント的な媒体としての可能性が期待できる。そこで、離乳期から幼少期という生体の生理機構を成立させる極めて重要な時期を対象に、潜在的な乳のアジュバント機能を活かし、Hspによる粘膜機能の制御能を向上させることを目標に実験を行った。
前年度の研究成果において、マウスHsp60を牛乳とともに経口投与すると、腸間膜リンパ節の細胞から産生される制御性サイトカインIL-10が増加する可能性を見出した。しかし、実験に使用した個体のなかにはIL-10産生量に変化が見られなかったマウスも存在したため、再現性の検討を行った。第一章では、前年度と同様の実験条件下において腸間膜リンパ節におけるCD4+、CD25+、Foxp3+のリンパ球の増減をフローサイトメーターにより調べた。その結果、意外にも、マウス由来のHsp60を牛乳とともに経口投与したマウスの腸間膜リンパ節でのCD4+、CD25+、Foxp3+を示す
Tregの頻度が極めて減少することを明らかにした。媒体としてPBSを用いた場合ではTregの頻度が変化しなかったことから、牛乳がマウスHsp60の生理機能発現を助長したため、牛乳のアジュバント効果が明瞭に示された。しかし、当初期待した制御性T細胞群の誘導増加は観察されなかった。マウスHsp60に特異的な効果であったのか、一般的にHspという総称で一群のタンパク質の生理活性を扱うこと自体に間違いがあったのかについての検討課題が残った。
第二章では、上記の課題を明らかにする一環として、ナイーブT細胞の分化に及ぼすHspの影響について解析した。In vitro differentiation assayを構築し、腸間膜リンパ節の細胞群から、磁気ビーズ細胞分離(MACS)法によりCD4+、CD62L+のナイーブT細胞と抗原提示細胞(APC)を分離し、調製した両細胞群をHsp抗原存在下で共培養した。CD4+、CD25+、Foxp3+の指標をもつTregの増減をフローサイトメーターにより調べたところ、マウスHsp60存在下においてTregへの分化誘導は抑制された。このことから、自己由来のマウスHsp60はTregの分化誘導ではなく抑制にはたらき、その作用は特異的であることが示された。
第三章では、離乳後の時期に種々の外来抗原に対して寛容を獲得するために、鍵となる制御性の抗原提示細胞が粘膜固有層内において変動するかについて検討した。その結果、マウス3週齢の離乳直後に、粘膜固有層におけるCD11c+PDCA-1+MHCII+の樹状細胞が増加することを見出した。平成21年度および平成22年度の本事業により、牛乳は何らかのメカニズムによってHspの生体防御機能を高めることが示され、アジュバント的な媒体としての作用をもつことが証明された。しかし、今回は、自己応答性リンパ球を刺激することで免疫制御能を高めることを目指したが、予想とは逆に、自己由来のHsp60抗原は抑制的にはたらくことがわかった。抗原間の高い相同性を考慮すると、微生物由来の抗原が期待する効果を発揮する可能性があると思われる。

書籍ページURL
https://www.j-milk.jp/report/paper/commission/9fgd1p0000022nlp.html

2015年9月18日